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名古屋高等裁判所 平成4年(ネ)579号 判決

控訴人

中垣重夫

右訴訟代理人弁護士

來間卓

西尾幸彦

数井恒彦

山田博

榊原裕臣

江本泰敏

上野芳朗

被控訴人(南土岐信用農業協同組合訴訟承継人)

土岐市信用農業協同組合

右代表者代表理事

林庄吉

右訴訟代理人弁護士

美和勇夫

右訴訟復代理人弁護士

山田高司

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  申立て

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は、控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張及び証拠

次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示及び当審記録中の証拠〈省略〉。

一  控訴人の主張

1  本件証書貸付の方法による金銭消費貸借契約の要物性について

本件証書貸付の方法による一五〇〇万円の金銭消費貸借は、昭和五〇年三月三一日の一〇〇〇万円の手形貸付をはじめとする数回の借替えの後に行われたものであるが、これらは、被控訴人被承継人南土岐信用農業協同組合(以下「南土岐信用農協」と言う。)が、既に融資枠を超えていた佐々紀一(以下「佐々」と言う。)に更に貸付を行うために、佐々と相謀り便法として控訴人の名義を借用したもので、実質的な借主は佐々であり、控訴人としては、そのいずれの場合も、貸付金を受領したことはないし、利息、延滞金の支払をしたこともない。

このように、南土岐信用農協は、控訴人に対し、本件証書貸付の方法による金銭消費貸借の貸付金を現実に貸し渡したことも、授受に代わる経済的利益を得させる方法として貸付金を控訴人の口座に振り込んだということもなかったのであるから、南土岐信用農協と控訴人との間には、本件金銭消費貸借契約は有効に成立していないものと言うべきである。

2  消滅時効について

(一) 南土岐信用農協は、農業協同組合法に基づいて設立された農業協同組合であり、控訴人は、昭和二九年ごろから南土岐信用農協の組合員であって、自動車の修理・販売を業として行っている者である。

(二) 本件は、農業協同組合が商人である組合員に対して貸付金の返還を求めるものであるから、商法五〇三条、三条一項により同法五二二条が適用され、本件貸金債権の消滅時効期間は五年となる。

被控訴人の主張するように、本件が、自動車販売業を営む控訴人において、佐々に名義貸しをする形で南土岐信用農協から金員を借り入れ、これを佐々に使わせたものであるとしても、佐々は控訴人にとっては顧客に当たる存在であるから、控訴人が佐々に車を買ってもらうために、すなわち、自動車販売業という営業のために、右のような便宜を図ることも十分に考えられる。したがって、被控訴人の主張する事実関係が認められるとしても、直ちに商法五〇三条二項の営業のためになされたとの推定が覆るものではない。

(三) そうすると、仮に、被控訴人の主張するように本件金銭消費貸借契約が有効に成立したとしても、弁済期である昭和五三年五月二日から五年を経た昭和五八年五月二日の経過をもって消滅時効が完成したものと言うべきである。

(四) そこで、控訴人は、平成五年一月二五日の当審第一回口頭弁論期日において、右消滅時効を援用した。

3  被控訴人の後記主張3の事実は認める。

二  被控訴人の主張

1  控訴人の主張1は争う。

2  控訴人の主張2については、(二)、(三)は否認し又は争う((一)の事実は明らかに争わない。)。

本件貸金債権に商法五二二条が適用されるためには、本件金銭消費貸借契約が商行為であることが前提となる。しかし、農業協同組合が商人でないことは明らかであるし、本件消費貸借は、自動車販売業者である控訴人が、佐々に名義貸しをする形で南土岐信用農協から金員を借り入れ、佐々に使わせたものであるから、商法五〇三条一項の「営業ノ為メニスル行為」ではなく、また、同条二項により「営業ノ為メニスルモノト推定」されることもない。

したがって、本件消費貸借は、控訴人の営業のためになされたものではない。

3  被控訴人は、平成五年四月一日、南土岐信用農協を吸収合併し、その権利義務関係を承継した。

理由

一本件消費貸借契約の成否に関する原判決理由第一、二項の説示は、次のとおり訂正、付加するほか、当裁判所の判断と同一であるから、これを引用する(なお、「原告」とあるのは「南土岐信用農協」と読み替える。)。

1  原判決三枚目表八行目の「第二六号証」の次に「、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第八号証」を付加し、同一〇行目の「被告本人尋問の結果」を「原審及び当審における控訴人本人尋問の結果」と訂正する。

2  原判決四枚目裏二、三行目の「現金で一五〇〇万円を借り受け」を「一五〇〇万円を借り受け(利息等を天引きした一四二七万七三八三円が佐々の妻である佐々智子名義の別段貯金に入金された。)」と訂正する。

3  原判決五枚目表九、一〇行目の「年10.5パーセント」を「年10.5パーセント」と訂正する。

4  原判決五枚目表一一行目の「一五〇〇万円」から同裏初行末尾までを「一五〇〇万円を貸し付け、控訴人は、これを(4)③の一五〇〇万円の返済に充てた(利息一五八万三四五五円は、別に現金で南土岐信用農協に支払われた。)。」と訂正する。

5  原判決六枚目裏末行の次に、行を改めて次のとおり付加する。

「控訴人は、本件消費貸借契約の要物性を争うところ、確かに、本件証拠上、一五〇〇万円の貸付金が被控訴人の主張するように現金で貸し渡されたのかどうかは必ずしも明らかではなく、むしろ、さきの認定事実によれば、本件の一五〇〇万円の貸付けと同時に、右金員が昭和五一年七月三日に貸し付けられた一五〇〇万円の返済に充てられ、実際には金銭の授受がなかった可能性も強い。しかし、このように前の債務との間で差引計算が行われたとしても消費貸借契約の成立は何ら妨げられないと言うべきであり、控訴人の前記主張1は、採用することができない。」

二被控訴人が、平成五年四月一日、南土岐信用農協を吸収合併し、その権利義務関係を承継したことは、当事者間に争いがない。

三控訴人の消滅時効の主張について

1  南土岐信用農協が、農業協同組合法に基づいて設立された農業協同組合であり、控訴人が、昭和二九年ごろから南土岐信用農協の組合員であって、自動車の修理・販売を業として行っている者である事実(控訴人の前記主張2(一))については、被控訴人において明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなすべきである。これによれば、南土岐信用農協は商法上の商人ではないが、控訴人は商人に当たることが明らかである。

2  そこで、本件消費貸借契約が商人である控訴人にとって商行為であるか否かにつき判断するに(商法三条一項参照)、引用にかかる原判決の理由説示のとおり、控訴人は、佐々の依頼を受け、同人に金融を得させるため、自己の名義を貸与する形で南土岐信用農協から本件の借入れをしたものであるところ、商人である控訴人のした本件借入れは営業のためになされたものと推定されるから(商法五〇三条二項)、以下、これが控訴人の営業のためになされたものでないと認めるに足りる事情の存否について検討する。

〈書証番号略〉、原審における証人中垣和恵の証言、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果に前記当事者間に争いのない事実を総合すると、控訴人は、肩書住所地に居住し、自動車の修理・販売業を営む者であり、佐々は、控訴人方の近所に居住し、不動産業や宅地造成工事を営んでいた者であること、控訴人は、本件借入れ以前に何回か佐々に車を買ってもらったことがあること、そのほか、控訴人とその妻和恵は、昭和四四年ごろから、佐々あるいは同人の経営する東濃観光開発株式会社との間で幾度か不動産の取引をしたことがあること、更に、控訴人は、佐々の妻の経営する喫茶店に毎日のようにコーヒーを飲みに行っていたことがあり、また、控訴人が佐々の姪に婿を紹介したことがあったなど、控訴人と佐々との間では個人的な交際も行われていたことが認められる。

右の事実によれば、控訴人と佐々とは、自動車の修理・販売業者とその顧客という以上の懇意な関係にあったものと考えられるが、控訴人が、その営む自動車の修理・販売業に関連して佐々との顧客関係をより密接、有利なものにするため、あるいは、営業者として地域の他事業者との交際関係を円満にすることにより自己の営業の円滑な運営に資するため、自己の名義を貸与する形で南土岐信用農協からの本件借入れに及んだという可能性も十分に存するところであって、右の事実からは、本件借入れが控訴人の営業のためになされたものでないと認めることはできない。そして、他に、本件借入れが控訴人の営業のためになされたものでないとの被控訴人の主張事実を認めるに足りる証拠もない。

3 そうすると、商法五二二条により、南土岐信用農協の控訴人に対する本訴貸金債権は、商行為により生じた債権として、弁済期から五年を経た昭和五八年五月二日の経過をもって消滅時効の完成により消滅したものである。

4  控訴人が右の消滅時効を援用した事実(控訴人の前記主張2(四))は、記録上明らかである。

四以上によれば、控訴人が当審において新たに提出した消滅時効の抗弁は理由があり、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきであって、被控訴人の請求を認容した原判決は失当に帰し、本件控訴は理由がある。

よって、原判決を取り消した上、被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邉惺 裁判官 河邉義典 裁判官 清水信之は、転勤のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 渡邉惺)

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